デス・オーバチュア
第164話(エピローグ4)「深緑に眠る黒」




無数の機械と薬品で埋め尽くされた研究室。
デミウル・アイン・ハイオールドは、暁色の鳥のような全身鎧と向き合っていた。
鎧の胸甲は見事に穿つように砕かれて、内部の空洞を晒している。
「フィールドの弱点は、やはり実体弾には無効に等しい程役に立たないことか……それにしても、見事に穿ってくれたものだ……ドリルか?」
デミウルが『診察(チェック)』しているのは、アウローラが送り返してきた鎧だ。
「ふん、ビーム(光線、熱線、粒子線)にも衝撃にも強い最高の『超合金』ではなかったのか?」
デミウルの背後に、青紫のローブで素顔を隠した男が姿を現す。
姿を見せたのは、ガルディア十三騎、四大騎神が一人にして、闇の神剣ダークマザー(闇の聖母)のマスター、闇の皇子ザヴェーラだった。
「やっと姿を見せたか……招集から約一ヶ月、随分な遅刻だな、ザヴェーラ」
デミウルは視線を暁色の鎧に向けたまま、背後に現れたザヴェーラに話しかける。
「ふん、あんな紛い物に折る膝を余は持っておらぬ。無論、貴様に折る膝もないが……話ぐらいは聞いてやろう……あくまで聞くだけだがな」
フードから覗く口元が意地悪く笑った。
「やれやれ、女皇の言葉は聞くつもりさえないということか……」
「女皇?……くだらん、余は貴様の茶番につき合ってやる程暇ではない」
「…………」
デミウルは無言で、暁色の鎧のチェックを続ける。
「まあよい、貴様は貴様で好きに茶番を演出するがいい。その代わり、余は余で好きにやらせてもらおう」
ザヴェーラは話は済んだとばかりに、ローブを翻し、デミウルに背中を向けた。
「偽神の錬金術師よ、ガルディアなど貴様の遊び場にくれてやろう。だが、貴様が余の歩みを阻んだ時は……貴様の企み全て水泡に帰すと思え!」
「……解った、肝に銘しておこう。だが、祭りには参加してもらえるのだろう? 」
「ふん、もうとっくに参加しておるわ。余が他者に遅れを取ると思うのか?」
返答と同時に、ザヴェーラの姿が闇の中に掻き消える。
「……そうだ、一つだけ訂正しておこう。ガルディアは私の遊び場ではなく、私の実験場だ」
デミウルの言葉は、誰の耳にも届くことなく、虚空に消えていった。



ハーティアの森。
グリーンの領地でもっとも多くの面積を占める、人間でない存在が住まう森だ。
数千年前に起きた、ルーヴェ帝国最後の皇帝による大虐殺の結果、エルフを始めとする妖精族はこの森にしかもはや存在しない。
彼女達にとってこの森は最後の逃げ場、安住の地なのだ。
その安住の地を守るため、強力な結界が張られ、真のハーティアの森は人の目から完全に隠れている。
ハーティアの森の『中』に足を踏み入れることができる人間はほんの僅かな例外だけだ。
その僅かな例外の一人である少女が、ハーティアの森の結界の境界を目指して森を歩いている。
「久しぶりの里帰りネ! クリアエアー! 素敵なサムシング! HAHAHAHAHAHA!」
「ご機嫌ですの、バーデュア」
森を歩いているのは、翠緑色のトレンチコートの女と、若草色の髪の妖精のように愛らしい少女だった。
銃士型人形のバーデュアとフローラ・ライブ・ハイオールドである。
バーデュアはハーティアの森の中で祭られ守られるように眠っていた存在だし、フローラは森の中の妖精達と交流のある数少ない例外的な人間だった。
「当たり前ネ! この森のサンライト(太陽の光)とクリアエアー(済んだ空気)は別格の極上ヨ!」
バーデュアは大きく深呼吸してみせる。
彼女達機械人形は、呼吸が必要なのか、不必要なのか、いまいち謎だ。
「確かに、森の空気は新鮮で美味しいですの〜♪」
フローラも大きく森の空気を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。
「ME達は森の住人ネ、都会には住めないヨ〜」
「あははははっ、バーデュアなんて科学の結晶のはずですのにね」
自然を愛する機械人形。
血と硝煙の臭いが体に染みついた銃士でありながら、バーデュアは自然との繋がりがとても深かった。
「……ところでバーデュア、気づいていますの?」
不意に、フローラが陽気な顔を少しだけ引き締める。
「勿の論ネ、とっても野暮な気配ネ」
突然、バーデュアはベルトを外すと、コートをはだけさせた。
次の瞬間には、バーデュアの両腕に散弾銃(ショットガン)が装備されている。
「ここから先は人間は通行止めネ!」
バーデュアは振り返ると同時に、散弾銃を発砲した。
「いやいや、そう言わず通してもらえないか?」
撃ち出された無数の散弾は、姿を見せた青い青年のレイピア(細身の、先端の鋭く尖った片手剣)の一振りで吹き飛ばされる。
「OH! 風圧だけでMEの弾丸を全て吹き飛ばしたネ!」
「悪趣味なぐらい派手な人ですの……」
自分の攻撃が防がれたのに、バーデュアはなぜか楽しげに驚いた。
そして、フローラは青い男の姿に唖然とする。
一目で上質と解る布地の白い上下のスーツには、無数の青い薔薇の刺繍がされていた。
髪は少し青みがかった白髪。
白髪でありながら歳をとって色素がぬけた力ない色ではなく、淡く光り輝く幻想的な美しさを持つ白髪だった。
瞳は蒼穹の空のような澄んだ青。
豪華、絢爛、高貴……といった言葉が人の姿を成したかのような青年だった。
「さあ、そこを退きたまえ。私はその中の人間ですらない下等種共に用があるのだよ」
青年は無意味にポーズを極めながら、フローラ達に道を譲るように迫る。
「HAHAHA! なんか変な奴ネ!」
「人間にも劣る下等種?……森に住む彼女達を侮蔑する気ですの……?」
楽しげに笑うバーデュアとは対照的に、フローラの瞳は細まり、殺気が宿りだした。
フローラにとって、妖精、精霊、草木、花はある意味人間よりも大切な友達である。
「当然だ。奴らはただの人間にも劣る屑に過ぎん」
青年は、両手の指を鳴らしてポーズをとりながら答えた。
ちなみに、レイピアはいつのまにか腰に差された豪奢な鞘に収められている。
「……バーデュア、殺っちゃっていいですの」
「了解ネ! FIRE!」
バーデュアの両手の散弾銃が同時に発砲された。
「ふん、言葉通じないなら仕方がないな」
青年が左手の指をパチンと鳴らすと、突然、十人程の人間が現れ、青年を守る壁となる。
「嘘? 気配なんてまるで……」
青い青年以外の人間の気配などまるでなかった。
それは、こうして目の前に姿を見せている今も変わらない。
人間達は全員が幽鬼のように虚ろな目をしていて、存在感というものがまるでなかった。
「……アンデット? 違う、正しい意味での生きた屍ですのね……」
目の前にいるのは死体……動く死者ではなく、死んでいるかのような生者である。
生きているのに、まるで屍のように無気力、無意味な人間といったところだ。
「酷いことをするな、今の発砲で何人か本当に『死んでしまった』かもしれないよ?」
青年は嫌みな微笑を口元に浮かべる。
「死体を操るより悪趣味ですの……他人を屍のようにして操るなんて……」
「ふん、屑に自我など不要なのだよ。私を守る盾に、私のために戦う剣になれる……これ以上の名誉はあるまい? 屑……ただの人間には過ぎた名誉だがな」
「あなた、最低ですの……」
「否っ! 最低ではなく最高だ! 私はこの世でもっと強く、美しく、偉大な男なのだよ!」
青年は両腕を広げて、誇り高く宣言した。
「……バーデュア……」
「任せるネ!」
フローラの彼女には珍しい、怒りや嫌悪を押し殺したかのような冷たい声に、バーデュアが応える。
バーデュアの散弾銃が放った散弾が続けざまに、人間で出来た障壁に叩き込まれた。
「おやおや、酷いな。彼らは何の罪もないただの人間だよ? 君達に敵意も悪意も何もなく、私に操られるだけの哀れな存在……それなのに迷わず殺すのかい?」
人間障壁の向こうの青年がクスクスと楽しげに笑う。
「……なんて態とらしい人ですの……全て自覚してやっているのが最悪ですの……でも……」
「でも? でも、なんだい? 罪もない彼らを殺すことを自己正当できるのかい、君達は?」
青年の笑みはどこまでも意地悪く、嫌らしかった。
「自己正当? 何を勘違いしていますの? フローラ達は正義の味方じゃないですの。この人達を哀れに思い、あなたに嫌悪は抱いても……助けてあげなけばいけない義理はありませんですの。まして、この人達を傷つけないために、抵抗をやめてあなたの言いなりになる……なんて自己満足な偽善をする気は欠片もないですの」
「ほう……愛らしい容姿に似合わず、意外とクールでドライだな、君は」
青年が、フローラの予想外な反応に感心したといった感じの表情を浮かべる。
「フローラ達にしてあげられることは……殺して、あなたから解放してあげることだけですの! バーデュア! 死という名の安らぎを彼らに!」
「OKネ!」
バーデュアがコートを広げると、無数の散弾銃が飛び出し、彼女の周囲を囲むように大地に突き刺さった。
バーデュアは散弾銃を連射し、弾切れになったら散弾銃を捨て、新しい散弾銃を引き抜き様に発砲する。
途切れることのない散弾の豪雨に、アッという間に全ての人間達が吹き飛び、倒れ込んだ。
「次はYOUネ!」
バーデュアは、人間障壁が無くなり、姿を見せた青年に向けて、散弾銃を構え直した。
「いやいや、たいしたものだ……だがっ!」
青年がパチンと指を鳴らすと、倒れていた人間達が全員同時に飛び起き、再び青年を守る人間障壁を形成する。
「What!?」
「やれやれ、もの例えの生きた屍ではなく、本当の生きた屍……動く死体になってしまったよ」
「つっ、殺されても……あなたから解放されないわけですのね……」
フローラが口惜しさや憤りを堪えるように唇を噛んだ。
「当然だ、私の支配力は絶対なのだよ。さあ、どうする? 四肢を切断して動きを止めるか、文字通り跡形もなく消し飛ばすまで、彼らは決して止まりはしないぞ」
「HAHAHAHAHA! なら全員ミンチになるまで吹き飛ばしてやるネ!」
「そうか、では、やってみるがいい……ただし……」
青年は再び指を鳴らす。
「OhMyGod!?」
森のあらゆる場所から大量の……百はゆうに超す数の人間が姿を現し、フローラ達を遠巻きに包囲していた。
「さて、全員を戦闘不能にするまで弾丸が足りるのかな?」
「Shit!」
バーデュアは正面に向けて散弾銃をぶっ放す。
散弾は人間……動く死体を数体仰け反らせたが、それ以上の効果はなく、死体達は再びフローラ達に向かってゆっくりとした足取りで歩み寄ってきた。
「フッ、では精々頑張って……くっ!?」
突然、青年は自分の近場に居た全ての者を呼び寄せる。
青年にできたのは、それだけだった。
爆音のごとき轟音。
豪雨のごとき無数の『剣』が空から降り注ぎ、全ての死体を跡形もなく『粉砕』した。
「なんですの、一体!?」
フローラとバーデュアには一本の剣も掠ってもいない。
剣の豪雨は、器用に二人を避けて降ったのだ。
「失せろ、下種共。ここは貴様らが足を踏み入れていい場所ではない」
黒。
姿を見せたのは、黒髪、黒目、黒一色でありながら王族のような豪奢で華麗な衣装を纏った美少年だった。
「What!? YOUは死んだはずネ! ゴースト!?」
「ふん、やはりいつかの人形か。無益な殺生を好まない優しい僕に感謝するといい」
少年は、バーデュアやフローラを『ついで』に殺さなかったことを言っているらしい。
「……あなた、誰ですの?」
面識のあるらしいバーデュアと違って、フローラにはまったく初対面の少年だった。
「僕かい? 僕の名は……」
「くぅっ! よくもやってくれたな、屑がっ!」
青い青年の声が少年の声を遮る。
いつのまにか、剣達は全て幻のように消え去り、人間達は全て元が何だったのかも解らない程の細かい肉片だけになっていた。
「ほう、死体共を自分の周囲に集めて盾代わりにしたのか……僕の『剣』に反応できたことと、その恥知らずなえげつなさだけは誉めてあげよう」
「黙れ、屑がっ! この私にここまでの恥をかかせて生きていられると思うな!」
青年は腰のレイピアを抜刀する。
流石に、もう人間……死体の予備はないようだった。
「良く聞け、屑! ガルディア十三騎の一人にして、高貴なる青い血を持つ……地上の神人であるガルディア皇族の一人であるこの私、青薔薇のハーミットに逆ら……」
「失せろ、下種」
「なっ!?」
青年……ハーミットが最後まで言い終わるのも待たず、無数の剣が正面からハーミットに降り注ぐ。
「私を見くびるなっ!」
瞬時に驚愕から我に返ったハーミットは、神速の剣捌きで飛来する全ての剣を打ち落とした。
だが、全ての剣が消え、取り戻した視界には少年の姿は残っていない。
「どこへ……」
「ノワール(黒)……それが僕の名だ」
少年……ノワールが背後に出現した瞬間、ハーミットの両腕は肩口から切り落とされていた。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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